2024年04月01日

行雲流水

行雲流水

江戸中期の俳人・滝瓢水は、こんな一句を詠んでいる。「浜までは海女も蓑着る時雨かな」人生には、コントロールが「できること」と「できないこと」がある。第二次世界大戦下、心理学者・ヴィクトール・E・フランクルは、ユダヤ人としてポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所にいた。捕虜は、監視兵の気まぐれで、労働者・人体実験の検体・価値なしに分けられ、価値なしは、即、ガス室送りとなった。そこには自身の賢明な判断はなく、圧倒的に運命に支配されていた。人生には、コントロールが「できること」と「できないこと」がある。今日がその日か? 用意はいいか? するべきことをやっているか? なりたいと思う自分になっているか? 池波正太郎は、この心模様をこう表現している。「頭の上に石がぶらさがっていて、いつ紐が切れてもおかしくない。そのように昔の人は常に覚悟しながら生きていた」と。海女さんは海に潜るのが仕事なのだから、必ず水に濡れることになる。しかし、そんな海女さんでも、雨が降っている日であれば、浜まで蓑を着て体をいたわるものだという。どうせ濡れるのだからと、時雨で体を冷やすようなことはしない。自分の体をないがしろにせず、大切に扱うのである。今、生きているのなら、生きていることを大切にする。いかなる場合も、平気で生きる。海女のその姿は、「悟り」そのものだ。人生の旬は、常に目の前にある。行雲流水。今をよく生きる

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Posted by 小林史人 at 00:01│Comments(0)人生いろいろ
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